岡本先生

 大泉学園から和光市南口行きのバスに乗り、「大泉第一小学校」下車。通い慣れた道を歩き、千両寿司の前を通り過ぎ、右に折れ4軒目に岡本先生の家がある。
 戒名には「真」に「学」ぶと言う字が入っていた。真学靖道居士。
 b0008478_2328277.jpgお家は神楽坂の古美術商。東男に京女成らぬ、京男に東女の両親から生まれたのが先生だった。お父上は京都にお妾さんを持つ、なかなかのお方だったそうだが、先生が若い時に亡くなられた。その為、恐らく、東大に行けるだろう頭をお持ちの先生だったが、金銭面からやむを得ず断念し、又、下にいる兄弟たちの為にも働かなくてはならず、三省堂出版に就職した。
 校正という仕事を長くやっていた先生。ふ~んと聞かされた時は思ったが、後に詳しい方がおっしゃるには、「大卒以外で校正という仕事を任される人はなかなかいない。余程に頭が切れる人じゃないと出来ない」と聞いた。それ位、頭脳明晰という言葉がぴったりな方だった。何を聞いても即座に答えて下さったし、すぐに分からない事でも、「あの本のあそこに書いてあるから、後で教えるね」と、言える位記憶力の優れた方だった。
 1番驚いたのは、あの直木賞の直木三十五の未亡人から夫婦養子に来てくれないかと懇願された事だ。もし、断らずに植村家に行ったならば、植村靖彦という名前になったのに・・・世の中にもしという言葉はないけれど、そんな人生だったら、と、勝手に想像しわくわくしてしまう。
 先生のお宅に通う度にご馳走になったのが千両寿司のお寿司だ。住宅街にありながら繁盛しているおすし屋さんで、いいお客さんに支えられ、大将の人柄で行きやすいし、本当においしい。「あ~これからはこの町に来る事もなく、ここのお寿司もそう度々は食べられないんだなぁ」と思っていたら、これぞ、プラス思考の極意!シンクロニティー!仲の良い友人夫妻がお家を建て、今年の5月に近所に越したのだ。タクシーで5分の距離。
 先日お線香を上げに行った日の後に、お寿司を食べ、初めて自分でお支払いをし、そして、友人宅へお土産を買って行った。とても気分が良かった。「また来ま~す」と、いつもの様に言えた。
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by hinihiniaji | 2006-09-21 23:28 | 講談


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