人気ブログランキング | 話題のタグを見る

命日

 今日23日は父の命日。もう26年も前の出来事。ずいぶん時が流れた。
 「今日はじいちゃんの命日、死んだ日だから、手を合わせようか~」と、子供たちに言ったら、「えー!じいちゃん死んじゃったの~?しげるじいちゃんが死んじゃったの~?」との質問に腰が砕けた。しげるじいちゃんとは、しょっ中我が家に遊びに来てくれる、我が愛する旦那様の父、私の義父の事なのだ。じいちゃんと言えば、子供たちにとっては、1人だけしか頭に無い訳で、2歳や4歳で、会った事もないじいちゃんが死んじゃった日、な~んて言われたって理解不可能だろう。
 先日、大事な友達の師匠がお亡くなりになった。「そう言えば、昌味ちゃんの師匠も亡くなったよね~?亡くなった時、どんな風に思ったんだろう?」と、質問を受けながら、答えられないまま娘が泣き出し、電話を切り、おっぱいとなってしまった。久しぶりの夜中の情報交換だった。だけど仕方ないねっ。毎回こんな風に泣き声で電話を切らなければならない授乳漬けの日々でございます。
 では、お答えいたします。
 私の師匠の場合は、もう何年も患っていて、何回も倒れ、目白の病院に始まり、女子医大、湯島の龍岡ホームという保健施設、鷺ノ宮の有馬病院などと、入退院を繰り返していたので、ある程度の覚悟は出来ていたの。「いつか」という日が来るんだって。だけど、師匠は倒れる度に、奇跡の生還とリハビリで元気になるもんだから、なんだかいつまでも生きてるような気がしちゃってねっ!それに、たいした事は出来てないんだけど、お見舞にせっせと通ったから、順を追って「死」について考えられたのかもしれない。あーそういえば、所沢の病院にも入院してたな~遠かったな~
 私ね、父が死んじゃった時に、死と言うものが恐くて怖くて毎晩震えてたんだけど、時が流れ落ち着いたら「あぁ人は死ぬんだ」と悟ってしまい、それからは、死に対して非常にクールになってしまったの。いつかみーんな死ぬ日が来るんだって。だから、取り乱す事なく、冷静に受け止められた。
 それから、確かに、師匠と言う大きなシガラミから介抱され、縛られていた物がホドケタのも事実。入院中は、行きたいというより、行かなくちゃ、の方が大きくて、精神的に追い詰めてしまうんだよね~。時間を作って通うって、当事の私には大きな事だった。特に、師匠が亡くなった平成12年は、真打になって1年後だったから、その前後はノリに乗ってて、忙しかったんだ~だから余計通う時間を作るのが厳しかった。
 これからきっと、師匠が残してくれた置き土産みたいな物に出会って行く事だろうと思う。人だったり、言葉だったり、思い出だったり、そう、夢もそうかもね!
 実は私、これで、一段としのぶちゃんが飛躍する気がするんだ。こんな事、お悔やみメールで言えないので、いつかブログを読むであろう、愛するしのぶちゃんへ、お伝えします。
by hinihiniaji | 2008-12-24 01:25


<< 愛しさとせつなさと 初キウイ24個 >>