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臨川寺講談会

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関市にあるお寺、臨川寺講談会ご報告。無事に努めさせて頂きました。
ありがとうございました。

ご住職やお庫裏様、警備担当りんちゃん、接待担当せんちゃんがお出迎え。

歴史のあるお寺をなんとか皆さんにご紹介したい、人の集まるお寺にしたいとの思いで、開催に至りました。

人のご縁という物は、有難いもので、琵琶奏者の田中旭泉さんが仏具屋さんの開成堂さんに紹介して下さり、縁の下の力持ちとなった開成堂さんのお蔭で実を結び、今回の講談会となりました。本当にうれしいですね。

初めての講談会というご心配がお寺さんにはあったようです。仕方ないですね。どんな人?どんな話なの?どんな講談?明るいか?暗いか?分かり易いか?難しいか?初めてだしなぁ。

無理もありません。

何度も分かり易い物をとのお話がありましたが、こちとら芸人だって、初めての所は初めてなりの思いを持ってお邪魔しますので、どうかご安心して呼んで頂きたいと切に思いました。

五代将軍綱吉公や生母桂昌院様に所縁のあるお寺と分かり、それなら桂昌院の話とも思ったのですが、もうちょっと臨川寺さんのご住職と綱吉公や桂昌院の関係を教えていただき、講談の中に取り入れて次回なんて機会があったら、また、何かの良い機会にお呼びがかかったら、その時には是非ご披露したいなぁと思いました。

今回は絵本の読み聞かせと絵本を講談にしたらどう違うかバージョンと、秋らしい話をして来ました。

皆様、岐阜県関市は刃物の町で有名ですが、足を伸ばして、是非臨川寺に行かれてみてくださいねっ!

めざましテレビに3回も出演している、ワンチャンネコチャンがじゃれあっている所が見られるかもしれません。

それから、国宝となっている仏像が只今貸し出し中との事で、東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で拝めます。
私も調度上京予定なので、拝んで来ようと思っています。誰かご一緒します??

11月23日から1月13日
平等院鳳凰堂平成修理完成記念「天上の舞飛天の美」
サントリー美術館
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by hinihiniaji | 2013-10-22 10:08

3週間

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やっぱり主人はイクメンだった。
9月から10月にかけて、窯作りの仕事を依頼され、3週間の出張から帰って来た主人。
サポーターもほとんどいない過酷な重労働で、すっかり痩せてしまった。手の指や足の裏まで全身筋肉痛だそう。
自分のブログではあまり弱音を吐かないから、代わりに記録だ。
3週間休み無し。朝5時から夜6時まで。女性の窯主さんと二人での作業。
すぐに血尿が出たという。足にも痛々しいキズがあった。
この人は、陶芸学校の先生に「人の5人分の働きをする」と言われた男だ。毎日精一杯の力を出して働く事がモットーだ。それは、小さな頃に出会って死んで行った友達の分も生きようと思っているからだという。
一日だけレンガ運びを手伝ってくれた方は、翌日体が動かず会社を休んでしまったそうです
テツオウペースは超能力かと思う位 の早さで仕事をこなします。
だから、「普通の人の日当ではやってらんないよ。トータルでいくらの契約をしなきゃ」と私。

世のため人のためのテツオウ美学だから、そうは言っても通用しないんだけどね。

主人が留守の間に保育園の運動会がありました。
誰の手助けもないので、私は気合を入れて4時前に起きました。息子9歳が、
「明日は何時に起きるの?」
と聞くから
「4時かな」
と答えましたが、まさかホントに4時に起きるとは思いませんでした。

最近覚えた厚焼き玉子を上手に作ってくれました。妹の運動会で兄が厚焼き玉子を作る、なんと美しい話。
食いしん坊で料理好きな息子。
我が家はたくましく生き抜くための子育てをしています。
2歳半を過ぎると包丁を持たせます。これが大人の包丁です。
今2歳10ヶ月の息子は、包丁使いが上手になり、キュウリを輪切りにして漬け物を作ります。
これがちょうど良い大きさで、美味しくいただきました。

ワァワァと驚かず、興味を持った時に挑戦させると、親もビックリの成長がみられるのかもしれませんねっ!

そんな訳で、子供達が協力してくれて、無事に過ごし、運動会も楽しく、だけど長かった3週間が過ぎました。

どれだけ普段イクメン主人に助けられているかがよーく分かりました。
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by hinihiniaji | 2013-10-10 16:22

涙のお線香

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 昨日は、私の大好きな尊敬してやまない齋藤宗厚(そうこう)先生の告別式だった。
私は、恵那の地にいて、亡くなられたのを知った時、すぐにでも飛んで行きたい気持ちになった。

宗厚先生は東京の成城学園で茶懐石料理「一宮庵」(いっくあん)主宰されていた。まだ私が真打に上がる前にイベントで出会い、親しくさせていただいた。講談会を開いて下さったり、ご飯を食べさせていただいたり、一緒に海外へも行った。

私が結婚してからは、仕事で上京した際、良く泊まらせて頂いた。親連れ子連れで泊まらせて頂き、東京で仕事の経費削減を応援してくれた。そんなたくさんの優しさにあふれている宗厚先生が、この世から去ってしまったんだ。

今までの思い出をずっと思い出しては涙しています。
ええっなんで?どうして?こんなに早く死んじゃうの?

まだまだ教えて頂きたい事、お稽古していただきたい事、山ほどあったのに、本当に残念でなりません。

山梨へ窯作りに行って留守の主人に相談し、「告別式になら行ってもいいよ」と、了解を得られ、子供たちにも、ご飯の事、支度の事、いろいろ段取りさせて上京しようと思った矢先、あっけなく行けなくなってしまった。

主の留守の為、、我が家に助っ人に来てくれてる主人の父が、「親戚でもないのに行くのはおかしい」と言ってきたのだ。

旦那が留守、子供が4人。この状態で、急に両親に任せて行くとお願いし決断した私の心が、どんなにことを物語っているか。父は、当たり前の事を言って来た。

お香典をおくればいい、電報を打てばいい、東京に行ったときに線香をあげればいい。
そんなこと百も承知だ。

義理人情で生きてきた神田昌味だ。空間だ。宗厚先生がそこにいるその空間にいたかったのだ。

「子供を4人もみられない」そう言い放つ父に、初めて言い返してしまった。
これまでの10年間、私が仕事、主人が仕事で留守、夫婦二人で留守と、様々な時に、子供の面倒を見てくれた父だけに、父がいれば大丈夫と思ってた私がいた。

あぁそうか、私が身内でもない人の葬式に行くのが気に入らないのか。
そう感じた私は、もういいと思い、新幹線をキャンセルした。

行けないと分かったら、いままでこらえていたものが、爆発してしまった。
息子が昼寝をした後、一人声をころしながら泣いてしまった。
ご家族は、泣かずに看病していただろうに。
なんのお手伝いも出来なかった・・・
本当に悔いばかり。

昨日は、上矢作町にある円頂寺に行って来た。
我が家にはいたくなかったのが本音。
それに、いつもご馳走を届けて下さるので、タッパーがたくさん溜まってしまったからだ。
お返しに上がってきたら、事情を知ったご住職が、立派なお線香をあげさせてくれた。

先生を思い合掌した。
友に感謝。

京都生まれの宗厚先生。 9歳のとき、映画監督の斎藤寅次郎に見出され映画出演のため上京。
斎藤寅次郎監督は、「男は‎つらいよ」で有名なフーテンの寅さんのモデルとなった方だ。
食べることの大切さや楽しさを教えて下さり、昔ながらお茶の世界を斬新なアイディアで工夫された先生。

いっつも前向きに教えて下さった先生。

感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました!
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by hinihiniaji | 2013-10-04 15:56