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ツーショット

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 昨日は師匠の命日、そして七回忌の法要、その後品川パシフィックホテル4F楼蘭で記念会があった。
 師匠のご子息方の計らいのご馳走を頂きながら、一人一人師匠の思い出話を語り合った。笑いが溢れながらも、涙を流しながらありがとうございます、と、みな一様の思いだった。師匠が亡くなり丸6年が経つ、早いものだ。
 私は最後に師匠とツーショットを撮った。こんな事をして笑っていると、生きている様に感じるなぁ。
 最近読んだ江原さんのスピリチュアルの本では、赤子としてこの世に送り出される時には、あの世の人達がみんな、涙を流して「かわいそうに、苦労するね~」と言ってくれるらしいけど、この世からあの世に行った師匠は、定めし極楽に過ごしているのだろう。
 あの世で師匠に会う事が叶った時に、胸を張って「師匠、師匠に習ってあんみついっぱい食べましたよ。小豆を煮たのもテンコ盛り食べられる様になりましたよ」などでは無く、「師匠、出来る事を精一杯やり遂げました」と、この世の思い出話が出来る様に、これからの人生をひたむきに歩みたい。
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by hinihiniaji | 2006-10-31 11:12 | 講談

師匠の命日

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 今日、10月30日は師匠、二代目神田山陽の命日。そして、七回忌の法要があった。
 集合場所は池上にある本門寺。力道山のお墓もあるこのお寺へ来るのは、何度目だろうか?数えてみると、7回位になるかな?あ~アバウトすぎる、七回忌で7回目とは。こんな事ならきちんと数えておけば良かった。前座の頃、お使いでお札を頂きに来た事もあったな。大まけで1回加えてしまった。
 数えられる位の墓参りの中で、今日は初めて、池上名物、くず餅屋に入る事が出来た。陽子姉さんが、「お茶でもしましょう。駅前のくず餅でも食べて行こう」とみんなを誘ってくれたので、一休みした。
 甘い物が大好物だった師匠を感じ、みんなで甘味屋に入った。師匠の思い出を語り合うかと思ったら、イタリア帰りで、すっかり一門に不義理をしている三代目の山陽の私生活を陽子姉と紫姉が突っつき合ってた。「奥さんに優しくしろ~」「よその女に誕生日プレゼントをあげずに女房にあげろ~」「クリスマスプレゼントもあげられないで何がクリスマスの話だ~」等々・・・1年分のお小言をくらってた。クラクラ三代目だった。
 私は直球紫姉の小言を聞きながら、パクリとくず餅にあんみつを頬張った。記念に写真も撮った。まさか、全部食べたのだろうと思われるのは心外なので、半分づつした事を付け加えよう。
 「いい話を聞かせて貰えたので」と言って8人分のお茶代を三代目がさっさと払った。「稼いでいるからいいかっ」と、みんなでごちになった。私としては、後味が悪かった!何となしに!
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by hinihiniaji | 2006-10-30 23:05 | 講談

ガニとザカナ

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サワガニが我が家の周りにたくさんいる。
今日も住処に行くと出て来てくれた。足音で分かるのだろうか?ビスケットをあげてみたけど、食べてくれたかな?すっかり夏から息子が、ご飯をあげたりパンをあげたりして餌付けしてしまったみたいだ。
日本語ってやっぱり難しい。カニなんだけど、サワガニになると「ガニ」になってしまう。そこで我が息子は「ガニいるかな?」となってしまう。
豆バタケとかキウイバタケと言ってると、そのうち息子は畑を見て「バタケだね~」となる。
この前は、亀のおもちゃを見て「ワカメ」と言った。私が面白がったら、ある日の夕飯の支度で、今度はわかめを見て「かめ」と言った。
けっこう知能犯だと思う。判っていて言っている気がする。魚を見て、「ザカナだね~」と言うので、「川にいるのは川ザカナって言うけど、これはサカナでいいんだよ~」と、最もらしく言ってしまったけど、そんなのお見通しなんじゃないかなぁ。にやっと笑うんだもの。
どうなって行く我が息子。
息子を見ながら、日本語の複雑さと面白さを学んでいます。
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by hinihiniaji | 2006-10-29 06:45 | 息子と娘と赤子

いまどきの出店

 我が家の方針「おもちゃは買わない」があるから、息子は「欲しい」という欲が出て来ても、なかなか欲しい建設車両車を買ってはもらえない。でも、息子には孫には財布の紐の緩いじぃもばぁもいるし、遊びに来る友達が買って来てくれたり、近所の男の子にバケツいっぱい貰ったり、隣のおじさんが持って来てくれたりと、あれよあれよたくさんのミニカー囲まれている。
花火大会の時も、親は出店のおもちゃを何一つ買ってあげなかったが、妹がトーマスのお面を買ってくれた。大喜びで今だに大事にしている。
 先日の恵那のお祭りでも、出店を見て、トーマスのお面があると喜んでいた。そして、隣にある緑のトーマスのお面が欲しいと言った。名前はパーシーか?「きよちゃんじゃなきゃ買えないの。きよちゃんが来たらお願いしようね」と言ってなだめた。
 それでも、お祭りの楽しさを味わわせてあげなきゃと思い、息子が気に入る出店で遊ばせてあげようと様子を見ていると、選んだのは、金魚すくいならぬ「魚すくい」と、「スーパーボールすくい」だった。「魚すくい」は生きてる魚ではなく、おもちゃの魚。熱帯魚のようにとても色使いがきれいな魚だ。魚がぐるぐる回っていて、その中には必ず1個しか取っちゃ駄目なカメやヒトデやカニや・・・あと何だったか?忘れてしまった。
b0008478_23193465.jpg 500円払い、コップをもらった。息子はどうしてもカメが欲しかったらしく、一生懸命手で取ろうとしている。違反だ。何回もやり直しをした。これも違反だ。それでも、お店のお兄さんは穏やかにニコニコして見守っている。感じのいい人だった。主人がカメと魚を1匹すくい、息子は喜んだ。あんまり時間がかかるので私が「もういいよね」と言ってお兄さんに手渡すと、おまけに魚3匹とおもちゃの魚釣りによくあるゴムのカニ1匹をくれた。このカニには針を引っ掛ける穴が付いていた。
 「魚すくい」に味を占めた息子は、「スーパーボールすくい」がやりたいと言った。息子はきれいな色が好きなのだ。「どれが欲しいの?」と聞くと、星型を編みこんでボールにしている、ひときわ目だつ7色の大きなスーパーボールが欲しいと言った。400円出し、今度は私がすくった。大物1つだけ取れた。店のお兄さんがすぐさま手を出した。あっけなく終わった。「このスーパーボールはねるの?」と聞いてみると、「さぁ~?」と、そっけない返事。「売ってる人が知らないんだもんね~」と、目の前の道路で試してみた。星型だからどこへ飛んで行くかは分からないけど、はずんだ。
 こうして楽しんだカメや魚やボールたちと毎日お風呂に一緒に入っている息子だ。
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by hinihiniaji | 2006-10-05 23:19 | 息子と娘と赤子

釈台

b0008478_045174.jpg 「芸人はどんなところでも着替えが出来なければならない」と、先輩から教わった。講談界に入りたての頃、洋服から着物へ着替える前座の部屋などは無く、トイレの前の片隅で、着物を肩にかけ人に背を向け、見えないように着替える神業を当時のふづき姉、今の茜お姉さんから学んだ。なかなか思うようには行かず、歯がゆい記憶が今でもよみがえる。この「トイレの前の片隅」は着替え部屋でもあり、食事を頂く場所でもあった。この厳しい修業があってこその今なのだなぁ。
 今日は、岐阜市にあるウェルサンピア岐阜で講談をして来た。着替える楽屋もなければお茶も出ない。特に用意してくれと頼んでいないのだから仕方がない。着物に着替えるのは、本当は、すぐそこにある主人の実家ですればいいのだが、乳飲み子を連れての仕事だから、ギリギリまで娘のそばにいたい気持ちからした事で、これまた仕方がない。
 ここには、着物を着替えるような更衣室は無く、スポーツを楽しむ人たちの更衣室しかなかった。調度、テニスを楽しんだマダムたちと一緒になってしまった。「結婚式?」「今日は日がいいのかな?」「これは袷?」などとたくさんの質問が飛んで来た。無理もない。こんな所でせっせと着替えている人などは滅多にお目にかかれないだろう。
 何年か前だったら、楽屋も無い様な所には怒りを表して攻撃的になったかもしれないが、すっかり丸くなってしまった。そう言えば、前に、演歌歌手のバックバンドが全員入れる位の大きな楽屋を用意されたが、1滴のお茶も出てこないどころか、私がのどを潤す為に持って行ったペットボトルの水を見て、主催の人が「これ調度いいね、貸して」と言って持って行ってしまった時は驚いた。私の後に出る演歌歌手のスモークの為だと後で判った。流石にこの時は怒って、その人には、いつも出すお礼状は出さなかった。
 まぁ、しかし、事が済めばいつも思う。ギャラが安い時も、お茶が出てこない時も、「まだまだ私は足りないんだ」と。「これは戒めなのだ」と。
  そうそう、そんな事ではなく、今日は本邦初公開!新しい釈台のお披露目だ。今日のお客様、銘木屋の社長さんから頂いた桐で作った釈台だ。そして、木工家吉田清さんの作だ。
 初めて張扇で叩いた釈台の音はすがすがしかった。
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by hinihiniaji | 2006-10-03 22:41 | 講談

青ちゃんのご飯

 青ちゃんから夕食に誘われた。家族全員で岐阜へ行こうとしている。が、しかし、子供たちが鼻水をたらし始めた。大事をとって青ちゃん宅へ行くのはよそうと話をしているのに、肝心の青ちゃんに連絡をとろうとしない。
 心の中では焦っているのに、連絡が取れない。夜の10時になった。「流石にもう行けないよね」「そりゃ行けないよ」と、主人。携帯をいじっていると、あるはずのないメルアドがあり、さぁ青ちゃんにメールをしようと、思ってる所に青ちゃんが車でのんちゃんとやって来た。なんとなく気まずい。「のんちゃんも行っていたの~」と言うと、ご馳走になるはずだったご馳走がお重にきれいに並べられていた。「どうぞ、食べてね」と、青ちゃん。そうして、青ちゃんは車で去って行った。

 青ちゃんとは数えるほどしか会ってないのに、けっこう話題に上る人だ。ミュージシャンであり、なんでもパソコンを相当使いこなせる人であり、モデルであり、岐阜市に住んでいる人であり、それからそれから・・・まだまだ謎が多い人。
 夢ではご飯を作ってくれたみたいだけど、料理はするのだろうか?見た目はしないように見えるけど、どうかな?今度聞いてみよう。作ってもらったのは運動会のお弁当のようにきれいだった。
 この前、保育園の運動会に子供たちを連れ行って来たが、よそ様のお弁当のおいしそうな事!きっとあれが出て来たんだな。おいしそうなお弁当を尻目にお昼で帰ってきた私たち。
 私は良く焦る夢を見るけれど、起きると、あ~ホント夢見が悪いなぁと思うんだよね~胸が苦しいような。講談の仕事に間に合わないと焦っている夢を何度見た事か!
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by hinihiniaji | 2006-10-01 23:19 | 夢物語