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東濃牧場

 車を走らせ25分の東濃牧場。昨日と今日「岐阜県畜産フェア」なるものが開催されていたので、昨日初めて行って来た。年に1回のお楽しみ行事らしく、近郊から名古屋の人達まで来て、お祭りの様に賑わっていた。
 受付で「お楽しみ抽選券」をやったが、我が家の収穫はうちわ1枚とはずれのうまい棒4本だった。
 飛騨牛の試食や「けんとん・ヘルシーポーク」と言う名前の豚肉の試食、牛乳の試飲があった。ほとんどの人が、飛騨牛の試食がお目当てだろうが、私は健康の為、肉はそう食べないから、一緒に行った肉好きの義父の為、試食券を貰いひたすら長い行列に並んだ。家族6人で行ったけど、娘は赤子で食べられない事を想定して、「家族5人です」と、受付のおじちゃんに言うと、間違えて6枚の試食券をくれた。義父に神が降りた。何故なら、義母は肉はそう好きではないのと、健康を意識して牛肉は最近買っていないらしい。だから、普段は義父は好きな牛肉にありつけない。
 私は、たまには外食や頂き物で肉も食べるけど、最近は超健康革命のお蔭で体が菜食体になってしまったのか、胃が重くなったり、次の日は体がおかしくなってしまったりする。青空の下だったので、気分も良く牛や豚を食べてみた。まぁまぁうまかった。でも昨日は日差しで疲れたのもあるかもしれないが、今日の午前中はダウンだった。
 しかし、肉関係の人達はBSEの問題があるから必死な挨拶だった。牛乳屋さんも「健康の為飲んでくれ飲んでくれ~」と忙しかった。いろいろな考えがあって仕方がないが、私は牛乳は健康にも良くないし、カルシウムも作らないという考えを信じているのと、どうしても口に出来なくなってしまったので、何年も飲んでいない。
 b0008478_1348325.jpg今回のメインは2歳の息子だ。我が家のサブタイトルは「動物を見せてあげよう」だ。「牛の乳搾り」「聴診器を片手にちびっ子獣医さん」「豚や羊ややぎ、うさぎにひよことのふれ合い」それから、「ハイジになろう」の干草のコーナーや、木工のコーナーまであって、1日遊べる位充実の内容だ。息子はたくさんの動物を見て楽しんだ。昨日、帰って来てから、「何の動物が楽しかった?」と聞くと、「牛さんを乗せるやつ」との答え。牧場のトラクターの事だ。「それは動物じゃないでしょ。ボケとんのか~。動物で何が好き?」と、もう1回聞くと「うさぎのお姉さん」と答えた。「それは人間じゃ~」
 うさぎのコーナーにいたかわいい優しいお姉さんに会いたくて、今日も息子はじいばあと一緒に行ったけど、お目当てのお姉さんはうさぎのコーナーにはいなくて、寂しく早めにお昼で帰って来た息子だった。
 b0008478_13482551.jpgそして、牧場のそこいら中に「まむし注意」の札があった。どうやって注意したらいいのだろう?
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by hinihiniaji | 2006-08-27 21:50 | 息子と娘と赤子

小森のかぼちゃま

 b0008478_2482181.jpgうどん屋の花ちゃんに、いきなり「コマネチ」をした息子は「変なおじさん」返しをされた。ともが帰ってからも毎日の様に「竜雷太、峰竜太」と言っている。ゾウのオルゴールを回しながら「ぞうさん、せいさん、とうさん」と、歌っていた変な歌も覚えていて、歌ってるし、今日は「小森のかぼちゃま」と言い出した。きっとともに教わったに違いない。
 ともは、お笑いが大好きで、時々おかしな事を言い出す。多分、お願いした子守をしながら「小森のおばちゃま」とでも言ったのだろうけど、帰って4日経った今日に、しかも、私がかぼちゃを煮てテーブルに出した後に「小森のかぼちゃま」には、心底笑えた。
 ともからの電話の時にこの事を伝えると、言っている事のほとんどが、娘をあやしながらしていた事なので、実際は息子に教えた訳では無いらしい。怪しい物体をこっそり観察していて覚えてしまったのだろう。明日は何を発してくるか楽しみだが、怪しい言葉を連打していたのでちょっと不安。それにも増して、赤ちゃんの記憶や吸収力も相当なものだから、まだしゃべれない娘にもいつしか「とも語録」が出てくるかもしれないと思うと、こっちの方がちょっと・・・
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by hinihiniaji | 2006-08-23 23:46 | 息子と娘と赤子

お盆の夢

 b0008478_8132336.jpgお盆も終わって残暑だけれど、お盆のさなか見た夢を思い出し、にんまりとする私。すでに別の世界へと旅立った二人が登場。
 まずは高校時代の友人「おにいちゃま」。年は3ヶ月私がお姉さんだけれど、おにいちゃまと呼んでいた。友達のちづこがそう呼び始めてから、みんなでおにいちゃまおにいちゃまと慕った。時任三郎似の優しい笑顔でかっこ良く、無口だけど人気があった。中学時代はほとんど学校に行かない生徒らしかったけど、高校では学年1番の秀才で、生徒総会では議長も務めた。そんな優秀なおにいちゃまの傍にいられるだけで幸せだった。おにいちゃまが「帰る」と言うと、下駄箱まで見送りに行ったり、迷惑も顧みず、どこへでも着いて行った。
 新聞部の部室にはよく遊びに来てくれて、そこで交わす二言三言が楽しみだったし、「勉強教えて~」と、図書室では勉強にかこつけて良く隣に座った。
 彼氏にしたいとか、抱いて貰いたいとかそんな存在ではなく、ただただ傍にいたい憧れの人?かな?それにしては積極的だった私。何年か経って大人になったおにいちゃまに会うのを楽しみに、私は上京し、講談の世界へ、おにいちゃまは筑波大へと進学した。
 ところが、その年、筑波大の構内でバイク事故となり、帰らぬ人となった。私はその時九州にいた。お葬式には駆け付けて行けなかった。芸人は親の死に目に会えないというけれど、友達の死に目にも会えない事をつくづく知った。

 おにいちゃまの笑顔を久々見た。あの日の部室の様に。どこかのマンションの踊り場の様な所に積み重なる教科書。友達たち。夏休みの宿題の提出の様な感じ。私とおにいちゃまの宿題は並んで完璧に提出していた。夢の中での笑顔を思い出し幸せ幸せ。

 次に登場したのは我が師匠だ。私が駆けつけた時には、妹弟子の山吹と一緒にソフトクリームを食べていた。とても元気な80歳位の師匠だった。
 今年は山吹の真打の披露目がある。「山吹をどうかよろしく」と言っているような夢だった。
お盆はあの世とこの世がつながっている様でとてもうれしいな。
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by hinihiniaji | 2006-08-22 08:11 | 夢物語

朝顔

 b0008478_20112158.jpg従姉弟のともが帰って2日が経ち、あの日の様に今日も元気に朝顔が咲いている。私の大好きな紫色の朝顔。咲いた時には大喜びした。
 畑のおばちゃんから20本もの朝顔の苗を頂き、義父が家の裏の水路の回りに植えてくれた。「そんなに貰ってどうするの~」と主人が言った。「夏で朝顔。夏らしくて子供の情操教育にいいじゃない」と私。「花は好きだけど管理が大変だよ」と、主人が言った意味がようやく分かった。
近所のおばちゃんは朝晩の水やりに1時間半もかかるという。「た~いへんだよ~」と言っていた。朝5時に起きてもやる事だらけだと言う。
 水やりを怠って弱っていた朝顔に8月4日、救世主が現れ、朝晩丹念にやってくれたので、どうやら遅咲きながらもかわいい朝顔が咲いた。
 救世主は従姉弟のとも。いよいよ帰る事になった15日目の朝、過去最高の朝顔がともを見送るかの様に咲いた。植物にも命がある。これは、ただの偶然ではないだろう。自然界で生きるものは皆支え合い、つながっている。
 ともが帰ってからは、水やりは私と息子がバトンを受け取り、朝晩頑張ろうと思ったら、今日は運良く雨が降った。おぉラッキ―!中間テストが何かの都合で1日延びた様な気分。そして晩は、義父が来てくれているので水やりをしてくれた。ブルーベリーもチェリーベリーもまいてくれた。おぉラッキー!
 20本のうち紫色の朝顔は2本だけ、あとはみんな薄いピンク色。今年は種を取って来年も朝顔班を頑張ろう。
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by hinihiniaji | 2006-08-21 20:11 | 生活

福神漬

 西と東で違うのは、なにも「セメンダイ」と「セメダイン」ばかりではない。
ここにまた一つ驚きが!福神漬、西では「ふくしんづけ」と言うそうだ。関東では「ふくじんづけ」なのに~
 昨日、守ちゃんカレーと言うのをテイクアウトしてみた。昔ながらのカレーだとは知らずに注文した。昔、お母さんが言ってたなぁ。うどん粉混ぜたカレーを食べたって。何もいまさらこの時代にうどん粉混ぜなくてもね~。1時間以上も講談して、そのご褒美に買ったのにね~。しかも、20年後に陶芸で人間国宝になる人にかばん持ちさせて、その方にもご褒美だったのにね~。しかもハラペコで夜の8時過ぎにやっと食べられたのにね~。何でこんな味?いやいや、けしてまずいなんて言わないけど、二度と買わないよ。しかもなんでまもるちゃんなの?しかも今日は守ちゃんカレーの大食い選手権だってさぁ。1600gのカレーってどんなだろう?それを食らう人たちを見に行こうと思ったけど、暑いのでやめた。
 お蔭で「ふくしんづけ」を知る事が出来たのはうれしかったけどね~。
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by hinihiniaji | 2006-08-13 23:25 | 生活

寿老の滝

 西の養老、東の寿老。養老の滝は居酒屋でしか行った事が無いが、恵那市には寿老の滝がある。養老市にある養老の滝に対して「寿老の滝」と名付けたんだそう。何年か前までは知る人ぞ知る場所だったのに、今ではラジオで紹介されたりして、人気がどんどん高まっている気がする。
 私が恵那に遊びに来ていた頃は、だ~れも来ないので、我が物顔でBBQをやっていたが、今では人ごみの中でおにぎりを食べている。しかも、今は暑い夏。涼しい所を目指してみんなやって来る。ここは避暑地。だけど、今年もひどく暑い。暑いけど、エアコンは無い。
 滝にいる間は本当に涼しいけれど、一歩外に出ると、お日様サンサンサン!
 今日も暑さをしのぐ為、子供たちと従姉弟のトモと寿老の滝に行って来た。息子はトモに手で水鉄砲をやられたり、ペットボトルで頭から水をかけられたりして泣いていた。お風呂でも頭を洗うのが嫌いな位へなちょこくんの息子。いつになったら水に強くなるんだろう。
 「こりゃあ駄目だ。鍛え直さなくちゃ」とトモに言われ、何度も水をかけられていた。でも、逃げ回っているだけで、やっぱり駄目だった。きっと、トモの事が嫌いになったろうと思ったら、どうも楽しかったらしい。
 先日も、保育園のお遊び会でプールに入ったり、お友達と遊んだ時も、斜に構え楽しくなさそうにしていたから、つまらなかったのかなぁと、後で聞いて見ると、「楽しかったから又行きたい」と言った。我が息子は屈折していて非常に難しい。
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by hinihiniaji | 2006-08-09 23:41 | 息子と娘と赤子

南木曾驛

 b0008478_22203224.jpg昨日「等覚寺」さんの道を聞く為に行った南木曽駅、いまどき「南木曾驛」となっていた。なんとも昔の古き良き時代を偲ばせる看板だった。
 また、この南木曽に遊びに来よう。

 昔、妹と二人で新宿から中央線に乗り、長野回りでコトコトと恵那に向かった事がある。朝7時に出て恵那駅に着いたのは午後の3時位だったろうか。電車の中では、おしゃべりしたり、買ったおにぎりを食べたり、居眠りしたり。あんなに長く、そしてゆっくりと電車の中で過ごした事はなかった。特急を使わず鈍行ののんびり旅もいいもんだ。
 ふと、そんなことを思い出させる駅だ。
 きっと、この駅も通過したんだろうな。またそんな旅をしてみたいな。
 たどり着いた小川邸ではむぎわら帽子をかぶり、抜き手をはめ、ひたすら薪割りの手伝いをし、汗を流した。まさか、「その人」のやがては奥さんと妹になる二人だとは誰も想像出来なかったろう。東京から来た人があんな格好でこんな事していると、アオキの兄貴に笑われた。
 なんか~思い出をくすぐる南木曽駅だな~ん!
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by hinihiniaji | 2006-08-02 22:20 | 生活

円空仏のあるお寺

 b0008478_22341698.jpg円空仏を知ったのは今から3年前の事。結婚したての冬、主人が愛知県の春日井という所に円空仏を習いに行き、ひたすら朝から晩迄仏様を彫っていた。初めは木っ端位の小さい物だった。2㎝×20㎝程の大きさ。調度遊びに来ていた友達のみかと一緒に見よう見まねで1体だけ彫った事がある。「好きな木を選んで~」と言われ、無意識で選んだ物は出来上がってびっくりな、お腹の大きい妊婦の円空仏だった。その後私は妊娠した、縁のある有難い仏様となった。
 主人はどんどん大きな木になり、いつしか先生が「もう来なくてもいいよ」と言うまでになってしまった。4回位しか教室に通わなかったと思う。恐るべし上達振り。そして、新聞に載ったり、先生から自分の代わりに教えて貰えないかなどと言われる迄になってしまった。恐るべし。
 円空さんというお坊さんが各地を行脚して回り、至る所に木で彫った仏様を置いて行ったんだという。それは、一夜の宿をお借りしたお礼にお経を読むのと同じような意味で置いて行ったのかもしれない。東海圏には円空仏が納められているお寺が多いらしい。
 ついに本物の円空物を拝む事が叶った。それは、長野県の南木曽にある等覚寺さん。じっきー和尚のご縁で講談をやらせて頂いた。今日はお施餓鬼の後の余興だ。暑さもほどほどで着物でぐっしょりとならず助かった。きっと、檀家の皆様も助かったに違いない。
 b0008478_22333436.jpg南木曽町には円空仏が6体見つかっているそうだが、そのうち3体がこの寺に納められている。境内左手の円空堂には、1686年(貞享3)に制作された記録が残る弁財天十五童子像と天神像、庫裏には全長48cmの韋駄天像があった。台所の神様の韋駄天さんは手を伸ばしたら届きそうな所にあり、「これが本物か~」と、手を合わせ講談をした。そして、帰りがけに見た、円空堂の童子像がかわいらしくてかわいらしくてニコニコしてしまった。財の神様、知恵の神様を拝み失礼して帰って来た。
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by hinihiniaji | 2006-08-01 22:28 | 講談